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1972年、沖縄が復帰・返還されました。しかし「核ぬき本土なみ」
の沖縄島民の悲願は返還協定にはもりこまれませんでした。1995年
9月の、思い起こすだけでも怒りに体が震えるあの米兵による少女暴行
事件が象徴的に示したように、治外法権のもとで凶悪な基地犯罪や基地
被害はあとを絶ちません。基地の整理・縮小はほとんどすすまず、核基
地機能は強化されています。この現実に抗して沖縄ではいま、基地返還
と平和でうるおいのある島づくりへ、かつての復帰運動を彷彿とさせる
全島あげた取り組みがすすんでいます。 誇り高い平和の島琉球の優れた歴史と伝統を受け継ぐ沖縄は、第二次 世界大戦では日本で唯一の悲惨きわまりない地上戦の戦場にされました。 復帰・返還後の今もなお在日米軍基地の75%が、沖縄・あの美しい小 さな島に集中し受難の歴史が続いてます。その苦しみの根源に日米安保 条約があることが、県民の基地返還、平和でうるおいのある島づくりを めざすたたかいを通じて明らかになってきています。 私たちは1996年2月、沖縄の闘いを沖縄県民・日本国民一人 一人の問題として真剣に受け止め、沖縄と本土が連帯して行動し、おそ くとも2015年までに「基地のない平和な沖縄」を、必ず実現するた めに「基地のない平和な沖縄をめざす会」を結成しました みなさんに「会」への参加と、連帯の行動に立ち上がるよう心から呼 びかけます。ともに集い、語り合い、沖縄から、そして本土から米軍基 地をなくすために力を尽くそうではありませんか
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